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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)859号 判決

東京都大田区南千束町二三四番地

第八五九号事件原告(第一、六六〇号事件被告) 西田進

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 中野富次男

右訴訟複代理人弁護士 三枝基行

大阪市東区今橋二丁目三番地

第八五九号事件被告(第一、六六〇号事件原告) 岡三証券株式会社

右代表者代表取締役 加藤清一

右訴訟代理人弁護士 信部高雄

同 田頭忠

主文

第八五九号事件被告(第一、六六〇号事件原告)は、第八五九号事件原告(第一、六六〇号事件被告)西田進に対し、岡三証券株式会社の株式二〇、〇〇〇株の株券を、第八五九号事件原告西田等に対し、日本鋼管株式会社の株式七五〇株の株券を、第八五九号事件原告西田恭に対し、岡三証券株式会社の株式五〇〇株の株券をそれぞれ引き渡せ。

右株券引渡しの強制執行が不能となった場合は、第八五九号事件被告(第一、六六〇号事件原告)は、その執行不能の部分につき、当該第八五九号事件原告に対し、岡三証券株式会社の株式については一株金五〇円、日本鋼管株式会社の株式については一株金五九円の割合によって算出した金員を支払え。

第八五九号事件原告(第一、六六〇号事件被告)西田進および第八五九号事件原告西田等のその余の請求は、いずれも棄却する。

第一、六六〇号事件原告(第八五九号事件被告)の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用中、第八五九号事件に生じた分は、これを五分し、その四を同事件原告(第一、六六〇号事件被告)西田進の、その余を第八五九号事件被告(第一、六六〇号事件原告)の負担とし、第一、六六〇号事件に生じた分は、同事件原告(第八五九号事件被告)の負担とする。この判決は、第八五九号事件原告ら勝訴の部分に限りかりに執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、昭和三七年(ワ)第八五九号事件

(一)  第八五九号事件原告らの求めた裁判

第八五九号事件被告(第一、六六〇号事件原告、以下両事件を通して被告という。)は第八五九号事件原告(第一、六六〇号事件被告)西田進(以下両事件を通して原告西田進という、)に対し、金五〇、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三六年二月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

被告は、原告西田進に対し、岡三証券株式会社の株式四〇、〇〇〇株の株券を引き渡せ。

被告は、第八五九号事件原告西田等(以下、原告西田等という。)に対し日本鋼管株式会社の株式一、一二五株の株券を引き渡せ。

被告は、第八五九号事件原告西田恭(以下、原告西田恭という。)に対し、岡三証券株式会社の株式五〇〇株の株券を引き渡せ。

第二、第三または第四項記載の株券の引渡しの強制執行が不能となったときは、その不能の部分につき、被告は、当該原告に対し、岡三証券株式会社の株式については一株金五〇円、日本鋼管株式会社の株式については一株金五九円の割合によって算出した金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言

(二) 被告の求めた裁判

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

二、昭和三七年(ワ)第一、六六〇号事件

(一)  被告の求めた裁判

原告西田進は、被告に対し、金四一、四二三、九六六円およびこれに対する昭和三七年三月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は原告西田進の負担とする。

仮執行の宣言

(二)  原告西田進の求めた裁判

被告の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、昭和三七年(ワ)第八五九号事件

(一)  原告らの請求原因

1、原告西田進の金銭支払請求

(1) 被告は証券業を営む会社である。

(2) 原告西田進は、昭和二六年三月ごろ、被告に対し、左記内容の約定にしたがって同原告の資金を運用することを委託し、被告はこれを承諾した。

a 同原告は被告に金員を寄託する。

b 被告は、右寄託金を資金として、同原告のために被告の専門的立場から判断して、株式の現物売買を行ない、右寄託金の利殖をはかる。

c 被告は、約一箇月の期間ごとに、被告が同原告の寄託金により同原告のために買い入れた株式(買入れ株式に対する増資割当の株式および配当株式を含む。)の時価、株式に対する配当金、株式の売却代金および同原告の寄託金のうち未投資の金員の合計額から、株式の買入れ代金および証券取引所理事会が定めた当時の料率にしたがった手数料を差し引いた金額(以下清算金額ともいう。)を算出し、同原告に報告する。

d 被告は、右報告の結果が同原告に対して金員を支払うべき計算となっている場合、同原告がその全部または一部の支払を請求したときは、取引において生じた実際の損益の額にかかわらず、何時にてもその金額を同原告に支払うべき義務を負う。

(3) 同原告は、右約旨にしたがい、三田昇、三田潤之助、西村幸子および岩崎久司の名義で昭和二六年三月から昭和二八年一〇月までの間、合計約一〇、〇〇〇、〇〇〇円を被告に寄託し、被告は右寄託金を株式の売買の資金として運用し、その利殖をはかった。

(4) 同原告は、昭和三五年一二月ごろ、被告に対し、口頭で、昭和三六年一月末日限りで右取引を清算し、被告が同原告の寄託金の運用によってえた清算金を支払うよう請求した。

(5) 被告は、昭和三六年二月二一日、同原告に対し、同年一月末日現在において清算の結果、被告の同原告に支払うべき清算金額が金一一六、〇三七、九一八円五六銭である旨を書面をもって通知し、同書面は同日ころ、同原告に到達した。

(6) よって、被告は前記(2)のd記載の約定にしたがい、前記清算金額金一一六、〇三七、九一八円五六銭の支払義務があるので、右金員のうち金五〇、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する前記履行期の翌日である昭和三六年二月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2、原告西田進の金銭支払請求の予備的主張の一―債務承認の主張

かりに右1の(2)掲記の契約の際、同dの合意が同原告と被告の間になされなかったとしても、被告は、左のとおり同原告に対し、金一一六、〇三七、九一八円五六銭の債務を負担することを承認したから、被告は、同原告に対し右金員を支払う義務がある。

(1) 中川正三による債務承認の意思表示

a 昭和三六年二月二一日、中川正三は、原告西田進に対し、同年一月三一日現在、本件契約にもとづいて、前叙1の(2)のc記載の計算方法による清算金額が金一一六、〇三七、九一八円五六銭である旨を記載した被告名義の残高照合通知書を発送し、同通知書は、同日頃、同原告に到達した。

b 右訴外中川正三は、本件取引の担当者で、当時、被告の取締役兼津支店長であり、被告のため債務承認をする権限を有していた。

c 右の事実のもとにおいては、被告は、本件取引において生じた実際の損益の額にかかわらず、右残高照合通知書に記載された金員の支払債務を負担する旨の意思表示をしたものというべきであるから、被告には右金員支払の義務がある。

(2) 西村伝による債務承認の意思表示

a 被告の代表取締役であった西村伝は、昭和三四年一二月ごろ、原告西田進に対し、被告において、東京証券業協会所定の公正慣習規則第二号「証券業者の顧客に対する報告に関する規則」第三条にもとづき、あらかじめ定めた様式にしたがった被告名義の正規の残高照合通知書用紙に記載された差引現在額については、本件取引において生じた実際の損益にかかわらず、被告はその支払債務を負担する旨の意思表示をした。

b ところで、中川正三は、前記のとおり同原告に対し被告名義の残高照合通知書を送付したが、同通知書は被告があらかじめ定めた様式にしたがった用紙を用いたものであるから、被告はその記載金額の支払をする義務がある。

(3) 被告の内金支払による債務承認

原告西田進は、被告の取締役兼津支店長であった中川正三が昭和三六年二月二一日同原告に対し作成送付した前記残高照合通知書に「差引現在額一一六、〇三七、九一八円五六銭」と記載されていたので、その支払を右中川に対し請求したところ、右中川は被告の代表取締役兼東京支店長西村伝に対し、同月一七日以降同年八月一一日までの間に前後九回にわたって合計一三、八〇〇、〇〇〇円の支払を依頼し同人はそのころ被告東京支店において、右金員を同原告に支払った。被告は右金員の支払によって、同原告に対し、前記残高照合通知書記載の差引現在額の金員の支払義務を負担する旨の意思表示をしたものというべきである。

3、原告西田進の金銭支払請求の予備的主張の二―原被告間の合意による清算金額の確定

かりに、前記記載の主張が認められないとしても原告西田進は、前記資金運用の委託契約にもとづき、被告がえた金員につき、受任者たる被告に対し、その支払を求める権利があるところ、同原告は、次のような経緯により、被告との間に、本件契約にもとづく資金運用の結果昭和三六年一月三一日現在において被告がえた金員から被告が出捐した金員および手数料を差し引いた残額を金一一六、〇三七、九一八円五八銭とする旨の合意をした。よって被告は、そのえた金員のうち、被告が出捐した金員および手数料を差し引いた前記金員を同原告に支払う義務がある。

(1) 先に1の(2)のaからcまでに述べたとおり、原告西田進は、被告と、被告に金員を寄託して運用させる旨の委任契約を締結し、被告に金員を寄託した。

(2) そして、前記のように、中川正三は、昭和三六年二月二一日、原告に対し、同年一月三一日現在で、本件契約において被告の支出した金額および手数料より被告が原告の寄託金を運用してえた金額の方が金一一六、〇三七、九一八円五六銭多い旨を記載した残高照合通知書を送付し、同通知書は同日ころ同原告に到達した。ところで、同通知書には、右計算の結果について承認する場合は、同封の回答用紙に署名のうえ折り返し返送すべき旨の記載があったので、同原告はこれに応じて、直ちに、右通知書の計算の結果を承認し、同封の回答書用紙に署名のうえ、被告に折り返し返送し、同回答書は同日ころ被告に到達した。

(3) 右中川正三は、右通知を行なうにつき被告を代理してこれを行なったもので、同人は右通知につき、被告を代理する権限を有していたものである。

4、原告西田進の金銭支払請求の予備的主張の三―残高照合通知書に関する商慣習にもとづく主張

かりに以上の主張が理由がないとしても、次の理由から、被告は、同原告に対し、金一一六、〇三七、九一八円五六銭の支払義務がある。

(1) 証券取引については、次の商慣習がある。

a 証券業者は、顧客に対し、毎年二回以上、その顧客から委託された取引の結果を残高照合通知書に記載し、顧客に送付する。

b 右残高照合通知書には、顧客は、同通知書記載の金額について承認するかどうかをしかるべき日数内に証券業者に回答すべく、もし回答しない場合にはこれを承認したものとみなして証券業者は処理する旨記載する。

c 右により、残高照合通知書について承認しまたは承認したとみなされた顧客が、証券業者に対し、右残高照合通知書に記載された、清算の結果にもとづいて顧客が証券業者から支払をうけるべきこととなっている金員の支払を請求したときは、証券業者は、これに対して異議を述べえず、右金員の支払をしなければならない。

(2) 本件契約について、原告西田進と証券業者である被告との間には、右商慣習による旨の合意があった。

(3) 被告は、前叙のとおり、昭和三六年二月二一日に、同年一月三一日現在で清算の結果、本件契約における収入金と支出金との差額、すなわち被告が同原告に支払うべき金員が金一一六、〇三七、九一八円五六銭であることを残高照合通知書に記載して同原告に送付し、同原告は、同封の回答書用紙に右清算の結果を承認する旨記載して被告に返送し、右回答書は同日ころ被告に到達した。

5、原告西田進の金銭支払請求の予備的主張の四―交互計算契約の主張

かりに、右主張が理由がないにしても、被告は、次の理由により、同原告に対し、金一一六、〇三七、九一八円五六銭の支払義務がある。

(1) 原告西田進と被告とは、前記1の(2)記載の契約を締結した際、右契約にしたがって生じた同原告と被告との間の債権債務の総額について被告は対当額において相殺をなし、その残額を同原告に支払う旨の合意をした。

その詳細は次のとおりである。

a 相殺は、被告が一箇月ごとにこれを行なう。

b 被告の同原告に対する債務は次のとおりとする。

(イ) 投資株式(投資株式に対する増資割当ての株式および配当株式を含む。)の時価計算による金額

(ロ) 投資株式の処分益金

(ハ) 投資株式の配当金

(ニ) 預託金の投資差引き残金

c 被告の同原告に対する債権は次のとおりとする。

(イ) 投資株式の売買の手数料および取引税

おって、右手数料の料率は当時における証券取引所理事会の定める料率にしたがう。

(ロ) 投資株式の処分損金

(ハ) 有償増資の払込金

(2) 被告は、前叙のとおり、昭和三六年二月二一日、同原告に対し、書面をもって、同年一月三一日現在において、前記(1)のbおよびc記載の債権債務の総額について、これを対当額において相殺した結果、被告が同原告に対して負担する債務は金一一六、〇三七、九一八円五六銭であることを記載した計算書(名称は残高照合通知書)を送付し、同書面は同年二月二一日ころ、同原告に到達した。同原告は、直ちに書面をもって右金額を承認する旨の回答を発し、同書面は、同日ころ、被告に到達した。

(3) 同原告は、被告に対し、昭和三五年一二月ころ口頭で、昭和三六年一月三一日をもって、右交互計算契約を解除する旨の意思表示をした。

6、原告西田進の株券引渡し請求

(1) 原告西田進は、被告に対し、後記(イ)ないし(ニ)の年月日に、それぞれ記載の株数の岡三証券株式会社株式の株券を寄託することを申し込み、被告はこれを承諾した。これらの株式は、いずれもそれぞれ左記年月日欄記載の日の前に、同原告が、被告に対し、買いつけることを委託し、被告はこれに応じて同株数欄記載の株数の株式を買いつけ、同株式の引渡しをうけてすでに保管していたので、叙上の寄託における株券の交付は、同原告から被告に対する意思表示のみによってなされた。

(イ) 昭和三二年一〇月二三日 一〇、〇〇〇株

(ロ) 昭和三四年九月二二日  一〇、〇〇〇株

(ハ) 昭和三二年一〇月二三日 一〇、〇〇〇株

(ニ) 昭和三四年九月二二日  一〇、〇〇〇株

右(イ)および(ロ)は三田昇名義、(ハ)および(ニ)は西村幸子名義で同原告が寄託したものである。

(2) 右株券の寄託は特定物の寄託であるが同原告と被告との間には、同銘柄、同数の株式の株券をもって返還しうる旨の合意があった。

(3) 原告西田進は昭和三六年一二月二日被告に到達の書面をもって、右株券の返還を請求した。

7、原告西田等の株券引渡し請求

(1) 原告西田等は、被告に対し、それぞれ後記(イ)ないし(ハ)の年月日に、それぞれ記載の株数の日本鋼管株式会社株式の株券を寄託することを申し込み、被告はこれを承諾した。これらの株式のうち、(イ)記載の株式はその寄託の日の前に同原告が被告に買いつけることを委託し、(ロ)記載の株式はその寄託の日の前に同原告が被告に同会社の増資に際しての新株の引受けを委託し、(ハ)記載の株式はその寄託の日の前に同原告が被告に同会社の増資に際して前述した株数を引き受けることを委託し、被告は、いずれも同原告の委託に応じて同記載の株数の株式を買いつけまたは引き受け、それらの株式の株券の引渡しをうけてすでに保管していたので、叙上の寄託における株券の交付は、同原告から被告に対する意思表示のみによってなされた。

(イ) 昭和二八年一月ころ 一〇〇株

(ロ) 昭和二八年一月ころから昭和三四年九月八日までの間、数回にわたり、 六五〇株

(ハ) 昭和三六年一月一七日 三七五株

(2) 右株券の寄託は特定物の寄託であるが、原告西田等と被告との間には、同銘柄、同数の株式の株券をもって返還しうる旨の合意があった。

(3) 原告西田等は、昭和三六年一二月二日被告に到達の書面をもって、右株券の返還を請求した。

8、原告西田恭の株券引渡し請求

(1) 原告西田恭は、被告に対し、昭和三四年九月二二日、岡三証券株式会社株式五〇〇株の株券を寄託することを申し込み、被告はこれを承諾した。この株式は、同原告の右寄託申込みの日の前に、同原告が被告にこれを買いつけることを委託し、被告はこれに応じて同株数の株式を買いつけ、同株式の株券の引渡しをうけてすでに保管していたので、叙上の寄託における株券の交付は、同原告から被告に対する意思表示のみによってなされた。

(2) 右株券の寄託は、特定物の寄託であるが、原告西田恭と被告との間には、同銘柄、同数の株式の株券をもって返還しうる旨の合意があった。

(3) 原告西田恭は、昭和三六年一二月二日被告に到達の書面をもって、右株券の返還を請求した。

9、原告らの株券引渡し請求についての代償請求

(1) 前記6ないし8記載の寄託株券の株式の、本件口頭弁論終結の日である昭和四二年九月一九日における一株の価格は次のとおりである。

岡三証券株式会社株式 金五〇円

日本鋼管株式会社株式 金五九円

(2) そこで、叙上の株券を寄託した原告らは、それぞれ被告に対し、前記6ないし8記載の株式の株券についての引渡しの強制執行が不能となったときは、その不能の部分につき、履行にかわる損害賠償として、岡三証券株式会社株式については一株金五〇円、日本鋼管株式会社株式については一株金五九円の割合によって算出した金員の支払を求める。

(二)  請求原因に対する被告の答弁

1、請求原因1に対する答弁

(1) 請求原因1の(1)の事実は認める。

(2) 同(2)において原告が主張する契約のうちa、およびcの条項の約定ならびにbの条項中被告が原告西田進の寄託金を資金として同原告のために株式の取引を行ない、寄託金の利殖をはかるものであることは認めるが、同条項のその余の事実およびdの条項を約したことは否認する。同原告と被告との間の契約は、株式取引につき銘柄、数量、時期および方法等につき個々に同原告の事前の委託または事後の承認を要するものであり、取引は現物取引のみならず信用取引をも含むものであった。

(3) 同(3)のうち、被告が原告西田進から資金の寄託をうけ、これを同原告主張の名義で株式投資に運用したことは認めるが、寄託をうけた金額が約金一〇、〇〇〇、〇〇〇円であったことは否認する。

(4) 同(4)の事実は否認する。

(5) 同(5)の事実は否認する。もっとも中川正三が当時被告の取締役で津支店長の職にあったことおよび同人が原告西田進主張のような被告名義の残高照合通知書を作成して同原告に送付したことはあるが、それは同人が全くほしいままにしたことで、被告には関係がない。

2、請求原因2に対する答弁

(1) 請求原因2の(1)のaの事実およびbの事実中、中川が当時被告の取締役で津支店長であったことは認めるが、その余は否認する。

(2) 同(2)のaの事実のうち西村伝が原告西田進主張の当時被告の代表取締役であったことおよび同bの事実のうち中川正三が同原告主張の残高照合通知書を同原告にあて送付し、その主張のころ同原告に到達したことは認めるが、その余は否認する。

(3) 同(3)の事実のうち、原告西田進主張の当時、中川が被告の取締役兼津支店長であったこと、西村が被告の代表取締役であったこと、被告が被告の東京支店において同原告に対し、同原告主張のとおり合計一三、八〇〇、〇〇〇円を交付したことは認めるが、その余は否認する。右金員の交付は被告が同原告に貸し付けたものである。

3、請求原因3に対する答弁

(1) 請求原因3の(1)の事実は認める。但し、被告の行なう株式の取引は信用取引も含むものであった。

(2) 同(2)の事実のうち、中川正三が原告西田進主張のような記載のある残高照合通知書を同原告に送付し、同原告が右記載を承認する旨の回答書を被告に送付し、同原告主張のころ被告がこれを受領したことは認めるが、その余は否認する。

(3) 同(3)の事実は否認する。同原告の主張する通知は中川正三がほしいままにこれを行なっていたものである。

4、請求原因4に対する答弁

(1) 請求原因4の(1)において原告西田進が主張するような商慣習のあることは否認する。

(2) 同(2)の事実は否認する。

(3) 同(3)の事実は否認する。もっとも、前記中川正三がほしいままに同原告主張の残高照合通知書を同原告に送付し、同原告がこれに応じてその結果を右中川に対し承認したことはある。

5、請求原因5に対する答弁

(1) 請求原因5の(1)は否認する。

(2) 同(2)の事実は否認する。もっとも、前記中川正三がほしいままに同原告主張の残高照合通知書を同原告に送付し、同原告がこれに応じて右記載の結果を右中川に対し承認したことはある。

(3) 同(3)の事実は否認する。

6、請求原因6に対する答弁

請求原因6(1)のうち、被告が(イ)および(ハ)記載の株式の株券の寄託をうけたことは認め、その余の事実を否認する。同(3)の事実は認める。

7、請求原因7に対する答弁

請求原因7(1)のうち、被告が(イ)および(ロ)記載の株式の株券の寄託をうけたことは認め、その余の事実を否認する。同(3)の事実は認める。

8、請求原因8に対する答弁

請求原因8(1)および(3)の事実は認める。

9、請求原因9に対する答弁

原告主張の株式の本件口頭弁論終結の日の価格が岡三証券株式会社の株式一株金五〇円、日本鋼管株式会社株式一株金五九円であったことは認める。

(三)  被告の抗弁

1、請求原因6の主張に対する抗弁

(1) 原告西田進が請求原因6の(1)(イ)および(ハ)において寄託したと主張する岡三証券株式会社株式二〇、〇〇〇株の株券は、被告において、昭和三六年七月二四日中川正三に返還した。

(2) そして、中川正三は、同原告の代理人として右株券の返還を受けたものである。すなわち、同人は、被告の証券外務担当の被用者ではあったが、同原告が被告に資金の運用を委託した昭和二六年頃から同原告と親密になったところから、同原告は、中川正三に対し、株式取引については被告の被用者である地位を去って同原告のために行動することを求め、中川正三もこれを承諾していた。したがって、中川正三は、右株券の返還を受けるのにつき、同原告を代理する権限を与えられていたものである。

2、請求原因7の主張に対する抗弁

(1) 原告西田等が請求原因7の(1)(イ)および(ロ)において寄託したと主張する日本鋼管株式会社株式七五〇株の株券は、被告において、昭和三六年七月二四日中川正三に返還した。

(2) 中川正三は、同原告の代理人として右株券の返還を受けたもので、同人は右返還につき同原告を代理する権限を与えられていたものである。すなわち、中川正三は、被告の被用者ではあったが、原告西田進が被告に資金の運用を委託した昭和二六年頃から同原告、ひいては同原告の妻である原告西田等とも親密となったところから、同原告は、中川正三に対し、株式取引については被告の被用者の地位を去って同原告のために行動することを求め、中川正三もこれを承諾していた。したがって中川正三は、右株券の返還を受けるにつき、同原告を代理する権限を与えられていたものである。

(四)  抗弁に対する原告らの答弁

1、抗弁1に対する答弁

(1) 抗弁1の(1)の事実は知らない。

(2) 同(2)のうち、中川正三が被告の本件取引についての担当の取扱者であったことは認め、その余の事実は否認する。

2、抗弁2に対する答弁

(1) 抗弁2の(1)の事実は知らない。

(2) 同(2)のうち、中川正三が被告の本件株式取引についての担当取扱者であったことは認め、その余の事実は否認する。

二、昭和三七年(ワ)第一、六六〇号事件

(一)  被告の請求原因

1、貸金の返還請求

(1) 被告は、原告西田進に対し、昭和三四年八月一七日から昭和三六年四月一〇日までの間に、別紙第一目録記載のとおり三二回にわたり、合計金三八、一六〇、〇〇〇円を期限の定めなく貸しつけ、それぞれ同目録記載の日に現金を交付した。

(2) 被告は、同原告に対し、本件訴状をもって右貸金の返還を請求し、同訴状は昭和三七年三月一五日に同原告に到達した。

2、株式取引損金の支払請求

(1) 原告西田進は、昭和二六年三月ころ、証券業者である被告に対し、三田潤之助、三田昇または西村幸子の名義で、同原告の具体的指示にしたがって、株式の現物取引または信用取引を行なうことを委託し、被告はこれを承諾した。

(2) 右取引の委託に際しては、被告と原告西田進との間に、左の合意があった。

a 被告は、取引の委託について、同原告から、当時の証券取引所理事会の定める料率にしたがった手数料を徴収することができる。

b 被告は、株式の信用取引については、同原告に対し、株式の売建玉に際しては売却すべき株式を、買建玉に際しては株式の買入れに必要な金員を貸しつけることとし、右貸しつけにつき、被告は、その貸しつけの日における証券取引所の定める料率にしたがって計算した金員を原告から徴収することができる。

c 右取引の委託において、被告が金員を立てかえて支払ったときは、同原告は、それぞれの場合に同原告と被告との合意により定められた利息を被告に支払うものとする。

d 被告は、右委託にかかる株式取引から生じた同原告に対する債権と、同原告に対して負担する債務とを、何らの意思表示を要しないで、対当額において相殺することができる。

(3) 同原告は、叙上の約定にもとづき、被告に対し、別紙第二目録の年月日欄記載の年月日に銘柄欄記載の株式を同売買欄記載のとおり、現物取引または信用取引の方法により売り付けまたは買い付けることを委託し、被告はこれに応じて右取引を行なった。

右取引において生じた被告の同原告に対する債務のうち被告がすでに同原告に支払った金員、前記約定にしたがって生じた手数料と信用取引における株式または現金の貸しつけにより徴収すべき金員を算入した株式の売買代金および立てかえ金に対する利息は、別紙第二目録各該当欄記載のとおりである。

(4) 被告は、右取引について被告が原告に対して有する債権と債務とを逐次対当額において相殺した結果、左の金員が相殺されないまま残った。

a 別紙第二目録三田昇名義の信用取引中、昭和三〇年一月一〇日平和不動産株式会社株式五〇〇株の手仕舞による取引損金のうち金一六、五一八円と同日三菱地所株式会社株式一〇〇株の手仕舞による取引損金六七〇円以下同信用取引の終了にいたるまでの取引損金とを合計した金二、一一一、七四六円および同信用取引に伴って生じた立替金に対する前記約定にしたがって生じた利息の合計金二七九、〇四四円、以上の総計金二、三九〇、七九〇円

b 同目録西村幸子名義の現物取引および発行日取引中、昭和三三年三月から昭和三四年八月にいたるまでの前記約定にもとづく立替金に対する利息の合計金五六、二二三円、昭和三三年三月六日東京海上火災保険株式会社株式四〇〇株の発行日取引による取引損金九三、三六五円、三菱地所株式会社株式一、〇〇〇株の発行日取引による取引損金のうち金二三、五八八円および昭和三〇年九月二〇日三菱商事株式会社株式三〇〇株の買付け代金のうち金三、五五一円以下同現物取引の終了までの株式買いつけ代金の立替金合計金七〇〇、〇〇〇円、以上の総計金八七三、一七六円

3、よって、被告は、同原告に対し、前記1の(1)貸金の合計金三八、一六〇、〇〇〇円および前記2の株式取引から生じた債権(前記2の(4)のaおよびb)合計金三、二六三、九六六円ならびに右金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三七年三月一六日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求原因に対する原告の答弁

被告の請求原因事実はいずれもこれを否認する。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

第一、昭和三七年(ワ)第八五九号事件についての判断

一、請求原因に対する判断

(一)  請求原因1に対する判断

1、原告西田進の請求原因1の(1)の事実、同(2)のうちaおよびcの条項ならびにbのうち被告が同原告の寄託金を資金として同原告のために株式の取引(その種類の点を除く。)を行ない寄託金の利殖をはかることの約定を含む契約が同原告と被告との間に締結されたこと、同(3)のうち被告が同原告から資金(その金額の点を除く。)の寄託をうけ、これを株式投資に運用したことは、同原告と被告間に争いがない。

2、そこで、同原告と被告との間に、前記契約が締結された際、被告が同原告に右資金の運用の結果である清算金額を報告し、その報告が同原告に対し金員を支払うべき計算となっている場合に、同原告がその全部または一部の支払を請求したときは、実際の損益にかかわらず被告がその金額を支払う義務を負担する旨の合意がされたかどうかについて検討する。

≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実すなわち、「原告西田進は、昭和二六年三月ごろ被告に資金の運用を委託するに際し、被告はその資金の運用の実情を同原告に報告することの合意が当事者間に成立したが、同原告は株式取引に関する知識がなく、資金運用の方法については一切を被告にまかせていたので、個々の株式の売買には関心がなく、知る必要もなかった。そこで右報告の形式は、昭和二七年三月ころまでの間は、株式投資が現物取引に限定されていたので、同原告の資金を用いて、現物取引により被告が買いつけた株式を報告当時の時価に換算した金額に、未投資運用資金および株式配当金を加算した金額から手数料を差し引いた残額のみを報告することとなり、同年四月ごろからは、株式投資が同原告の諒解のもとに信用取引に対しても行なわれることになったので、その後は、現物取引により被告が買いつけた株式を報告当時の時価に換算した金額に、信用取引における益金、株式配当金および未投資運用資金を加算した金額から、信用取引における損金、証券取引所の定める料率にしたがった品貸料、日歩、手数料および継続手数料を差し引いた金額のみを清算残高として原告に報告することとなった。しかし右のような資金の運用方法においては、取引が全部終了したときはともかく、そうでないときは、定期的に一定時点における正確な残高を算出することは容易ではなく、ことに投資の対象に信用取引等をも含む場合は一そう困難であったが、同原告としては、被告に運用を委託した資金がどの程度の利益率で利殖されているかのみに関心があり、それ以上のことについては無関心であったので、当時被告の松阪支店に勤務し、同原告関係の担当者であった中川正三は、右のような同原告の関心に応じて、概況を知らせる意味で前記のように、残高を報告することとしたもので、報告の実際においても、はじめはメモをもって、昭和三四年一二月ごろからは通常の株式取引委託につき用いられる残高照合通知書の書式を用いて、一か月ないし数か月ごとに残高を報告していたが、被告が残高として同原告に報告した数字は正確な計算に基づいて算出されたものでなく、同原告も右報告が概算的なものであることを承知してこれを受領していた。」以上のことが認められる。右認定の事実に徴すれば、被告が原告西田進に行なうべき報告において被告の支払計算となっているときは、実際の損益にかかわりなく、報告にかかる金額につき被告が同原告に支払義務を負担する旨の合意があったものとは認められず、他に右認定を動かし同原告主張の右事実を認定するに足る証拠はない。してみれば、右合意のあることを前提とする本請求原因は、他の点を判断するまでもなく理由がなく失当であるといわなければならない。

(二)  請求原因2に対する判断

1、中川正三による債務承認の意思表示の主張に対する判断

(1) 中川正三が、昭和三六年二月ころ、被告の取締役で津支店長であったこと、同月二一日同人が原告西田進に対し、同年一月三一日現在における本件資金運用による株式投資の結果の清算残高が合計一一六、〇三七、九一八円五六銭である旨を記載した被告名義の残高照合通知書を発送し、同通知書が、同日ごろ、同原告に到達したことは当事者間に争いがない。

(2) そこで、右残高照合通知書の送付によって、実際の資金運用の結果いかんにかかわらず、そこに記載された金員の支払債務を負担する旨の意思表示(これにより債務発生の効果を生ずる趣旨の主張と解される。)をしたものということができるかについてみるに、前掲各証拠によれば、前示認定のとおり、被告は単に株式投資について知識のない原告西田進に対し資金運用の概況を知らせる意味で清算残高として金額の報告をしていたのであり、残高照合通知書は、その報告の便法として出されていたもので通常株式取引委託につき行なわれている残高照合通知書の記載方法とは異なり、投資の概況を示す意味で差引現在額欄に金額を記載したものにすぎないのであるから、右のような残高照合通知書の送付をもって直ちにその記載の金額の支払債務を負担する意思を表示したものと認めることはできない。

よって、右債務承認(負担)の意思表示のあったことを前提とする本請求原因は、他の点を判断するまでもなく失当である。

2、西村伝による債務承認の意思表示の主張に対する判断

(1) 昭和三四年一二月当時、西村伝が被告の代表取締役であったことおよび中川正三が、昭和三六年二月二一日、原告西田進に対し、清算残高が金一一六、〇三七、九一八円五六銭である旨を記載した残高照合通知書を発送し、同通知書が、同日ころ、同原告に到達したことは当事者間に争いがない。

(2) そこで、右西村伝が、昭和三四年一二月ころ、原告西田進に対し、被告があらかじめ定めた様式にしたがった被告名義の残高照合通知書用紙に記載された残高金額については、本件取引によって実際生じた損益にかかわらず被告はその支払債務を負担する旨の意思表示(これによって債務発生の効果を生ずる趣旨の主張と解される。)をしたかについてみる。

原告西田進、同西田等各本人尋問の結果中には、「昭和三四年ころ、西村伝が、同原告および原告西田進に対し、被告作成名義の残高照合通知書があれば、ととえいかなることが起っても心配いらないから、必ずこれをとらなければいけないと述べた。」旨の陳述部分があるけれども、≪証拠省略≫を総合するとき、次の事実すなわち「昭和三四年八月ころまでは、原告西田進は、本件資金運用の結果について、当時被告の津支店長であった中川正三から、メモによる報告をうけていたので、同人の上司であった西村伝は、そのころ同原告に対し、一般的にメモのみで残高報告が行なわれている場合にはとかく事故がおこりやすく、また真実の残高の立証もかなり困難であるから、被告作成名義の残高照合通知書によって、残高の報告をうけるよう忠告したことがあるが、西村は必ずしも同原告と被告との間の資金運用契約の内容あるいはその運用の実情を知っていたわけではなく、単に株式取引を行なう際に顧客として心がけるべき事項として、残高照合通知書について述べたものにすぎない。」ことが認められ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。そこで、前示原告本人西田進、同西田等の陳述部分を、右認定の事実と対比するとき、西村伝の原告西田等に対する右発言は、単に、原告らに対し、株式取引の結果につき、残高照合通知書によって報告をうけるべきことを強調したものにすぎず、その記載金額については、被告が、その実際の残高いかんにかかわらず支払義務を負担する趣旨までは含んでいなかったものといわなければならない。その他本件全立証をもってしても西村伝の債務承認(負担)の意示表示のあったことを立証するに足りない。してみれば、西村伝の債務承認の意思表示があったことを前提とする本請求原因は、他の点を判断するまでもなく失当である。

3、被告の内金支払による債務承認の主張に対する判断

(1) 昭和三六年二月二一日、当時被告の取締役兼津支店長であった中川正三が、原告西田進に対し、差引現在額が金一一六、〇三七、九一八円五六銭である旨記載した残高照合通知書を発送し、同通知書が同日ころ同原告に到達したこと、西村伝が当時被告の代表取締役であったこと、被告がその東京支店において、同原告に対し、その主張のように合計一三、八〇〇、〇〇〇円の金員を交付したことは当事者間に争いがない。

(2) そこで、右金員の交付をもって、被告が、右残高照合通知書に記載された金額の支払債務を負担する旨の意思表示(これによって債務発生の効果を生ずる趣旨の主張と解される。)をしたものといえるかについてみる。

≪証拠省略≫を総合すると、原告西田進主張の右金員の支払は、次のような事情、すなわち、「中川正三は、被告が原告西田進から委託をうけた前示資金運用に関する被告の担当取扱者であったが、被告における同原告の資金運用の状況が良好でなく、逐次損金が累積していたにもかかわらず、同原告に対し、右資金運用により多額の利益をあげたとして架空の報告を続け、同原告主張の残高照合通知書(甲第一号証)も事実と全くかけ離れた虚偽を記載したものであったが、右中川は、同原告がその記載を信じて利益金の一部の支払を求めたのに対し、虚偽の報告を行なった手前その請求を拒絶しえず、昭和三六年四月ころ被告の東京支店長に転勤するまでの間は、同人が支店長であった津支店において、直接同原告に支払い、あるいは、同支店から東京支店に依頼して同原告に対しその請求金額の支払をなしたものであり、東京支店の係員は同原告に右金員の支払をした当時は、いかなる理由にもとずいてその支払をなすのかを全く知らなかったものであり、また、中川が東京支店長になったのちは、同人が被告会社その他から借りうけて同原告に対しての請求額を支払っていたものである。」ことが認められる。右認定の事実に徴すると、同原告主張の金員の支払をもって、被告が中川正三作成の前示残高照合通知書の差引現在高欄記載の金一一六、〇三七、九一八円五六銭の支払債務を負担する旨の意思表示をなしたものと認めることはできない。

その他本件全立証をもってしても、同原告の右主張を認めるに足りない。

(三)  請求原因3に対する判断

1、原告西田進が被告に対し資金運用の委託をしたこと、中川正三が、昭和三六年二月二一日、同原告に対し、本件資金運用の結果の清算残高が金一一六、〇三七、九一八円五六銭である旨を記載した残高照合通知書を送付し、同通知書は、同日ころ、同原告に到達したこと、同通知書には、右記載について承認する場合は、同封の回答用紙に署名のうえ折りかえし返送すべき旨の記載があること、および、同原告はこれに応じて直ちに右通知書に同封の回答用紙に署名のうえ被告に折りかえし返送し同回答書は、同日ころ被告に到達したことは当事者間に争いがない。

2、そこで、右事実によって、はたして同原告に対する資金運用の委託に関して、被告が受取った金員から被告が同原告に対して有する債権を差し引いた残額につき合意があったと認められるか否かについて判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、一般に証券業者が株式取引委託の顧客に対して残高照合通知書を送付し、通知書記載の内容について承認を求める目的は、証券取引の委託について生ずる事故を防止し、顧客を保護するためであることが認められるから、右の残高照合通知書の送付とこれに対する承認の回答があったからといって、これのみによって直ちにその記載金額を株式取引の残高と確定する旨の合意が成立したものとして、以後は、一切これを訂正することは許されないものとまでみることはできない。ところで、本件においては、前示認定のとおり、同原告あてに送付された残高照合通知書は、単に、株式投資にくらい同原告に対し、資金運用の概況を知らせることを目的として作成されたものであって、その記載内容も単に差引現在額のみが記載されているにすぎず、通常の残高照合通知書において記載を予定されている程度の具体的な記載はなされていないのであるから、なおさら、右記載の金額の通知とこれに対する同原告の承認の回答をもって、残高確定の合意があったものとみることはできず、他に右通知書の送付とこれに対する同原告の回答をもって、記載金額を取引残高と確定する合意が成立したものと認めるに足る証拠はない。なお、また、本件資金運用委託契約にもとづき受託者たる被告がえた金員から被告の出捐した金員等を差し引いた残額が原告主張のとおりの額であることを認めるに足る証拠もない。してみれば、本請求原因は他の点を判断するまでもなく理由がなく失当である。

(四)  請求原因4に対する判断

本請求原因において原告西田進が主張する商慣習が存在するかどうかについてみるに、鑑定人中西泰男の鑑定の結果によれば、証券業者は顧客に対し、毎年二回以上、その顧客に関する証券取引の現状につき残高照合通知書を送付し、同通知書には、顧客が同通知書記載の残高を承認するか否かをしかるべき日数内に証券業者に回答すべく、もし回答しない場合はこれを承認したものとみなして処理する旨を記載する商慣習があることは認められるが、その他の点すなわち右残高照合通知書に、株式を時価に換算して貸借を清算した結果の金額を記載すること、このような通知書記載の金額について承認した顧客が、証券業者に対し、右通知書に記載された、清算の結果にもとづいて顧客が証券業者から支払を受けるべきこととなっている金員の支払を請求するときは、証券業者は、これに対して異議を述べ得ない旨の商慣習があることはこれを認めるに足る証拠はない。よって、本請求原因もその他の点を判断するまでもなく失当である。

(五)  請求原因5に対する判断

原告西田進が主張するような交互計算契約が成立したことについてはこれを認めるに足りる証拠がない。

仮に原告西田進主張の契約が交互計算契約であるとしても、同原告が承認したという計算書は、前記のとおり、単に資金運用の概算状況を知らせるためのもので、債権債務の各項目も全く記載されていないものであるから、清算残高を確定するためのものであるといえない。(なお、仮に本請求が交互計算契約の解除にもとずくものであるとしても、同原告がこれにもとずきその主張の金額の債権を有することはこれを認めるに足る証拠がない。)

よって交互計算契約を前提とする本請求原因は他の点を判断するまでもなく理由がなく失当である。

(六)  請求原因6に対する判断

1、原告西田進が被告に対し、昭和三二年一〇月二三日、岡三証券株式会社株式二〇、〇〇〇株の株券を寄託することを申し込み、被告がこれを承諾して右株券をうけとったことおよび同原告が、昭和三六年一二月二日被告に到達の書面をもって被告に対し右株券の返還を請求したことは当事者間に争いがなく、同原告、被告間に、右株券の返還につき、同銘柄、同数の株式の株券をもって返還しうる旨の合意があったことについては、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

2、つぎに、同原告が昭和三四年九月二二日、岡三証券株式会社株式二〇、〇〇〇株の株券を被告に寄託したかどうかについてみるに、成立に争いのない甲第四号証および同第六号証は、岡三証券株式会社株式二〇、〇〇〇株の株券が昭和三四年九月二二日三田昇および西村幸子名義で被告に寄託されたことを示すものではあるけれども、≪証拠省略≫によれば、右甲第四号証および同第六号証は、その寄託について当事者間に争いのない前記岡三証券株式会社株式二〇、〇〇〇株の株券につき、すでに預り証(成立に争いのない甲第三号証および同第五号証)が発行されていたのに、被告の津支店においてまだ預り証を発行されていないものと誤解して作成したものであることが認められる。したがって、右甲第四号証および同第六号証は、本事実立証の資料とはなし得ず、また、この点に関する原告西田進、同西田等の各本人尋問の結果は採用しがたく他に右事実を認めるに足る証拠はない。

(七)  請求原因7に対する判断

1、原告西田等が、被告に対し、昭和二八年一月ころから昭和三四年九月八日ころまでの間に数回にわたって、日本鋼管株式会社の株式合計七五〇株の株券を寄託することを申し込み、被告がこれを承諾して右株券をうけとったことおよび同原告が昭和三六年一二月二日被告に到達の書面をもって、被告に対し右株券の返還を請求したことは当事者間に争いがなく、同原告、被告間に、右株券の返還につき、同銘柄、同数の株式の株券をもって返還しうる旨の合意のあったことについては、被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

2、つぎに、原告西田等が、被告に対し、昭和三六年一月一七日、日本鋼管株式会社株式三七五株を寄託したことについてはこれを認定するに足る証拠はないから、この点についての同原告の請求は認容できない。

(八)  原告西田恭が被告に対し、昭和三四年九月二二日、岡三証券株式会社株式五〇〇株の株券を寄託することを申込み、被告がこれを承諾し、右株券をうけとったことおよび同原告が、昭和三六年一二月二日被告に到達の書面をもって、被告に対し右株券の返還を請求したことは当事者間に争いがなく、同原告被告間に、右株券の返還につき、同銘柄同数の株式の株券をもって返還しうる旨の合意のあったことについては、被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二、被告の抗弁に対する判断

(一)  抗弁1に対する判断

1 原告西田進が、被告に寄託した岡三証券株式会社株式二〇、〇〇〇株の株券を、昭和三六年七月二四日、被告が中川正三に引き渡したことは、≪証拠省略≫を総合してこれを認めることができる。

2 そこで、中川正三が、右株式をうけとるについて、同原告を代理する権限を有していたかについてみるに、このような事実を認めるに足る証拠はなく、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実すなわち、「中川正三は、昭和一〇年に被告に入社して以来、一貫して被告の証券取引の業務に従事しており、本件資金運用契約が行なわれた当時は被告の松阪支店の係長であったが、その後間もなく昭和二九年には被告松阪支店次長、同三〇年には同支店長となり、ついで同三三年伊勢支店長、同三四年津支店長を歴任して昭和三五年には津支店長のまま被告の取締役となり、同三六年東京支店長、同三七年取締役退任となったいわば被告の幹部社員であった。同人が原告西田進と知り合うにいたった経緯も、証券取引の委託を通じたものであって、時日をかさね、証券取引の回数がふえるにしたがって同原告と同人との親密の度は増してはきたが、昭和三四年一二月ころ、同原告は右同人の上司である西村伝から同原告が委託した証券取引の状況につき、被告作成名義の残高照合通知書によって報告をうけるよう忠告されるや、直ちに右中川正三に対して、被告作成名義の残高照合通知書の交付を求めている点からもみられるように、同人と同原告の親密さは、あくまで、被告の証券外務員と顧客との関係にとどまっていたものである。」ことが認められ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。してみれば、同原告と右中川正三とは親密ではあったが同原告が同被告の被用者たる立場を去って同原告の代理人として行動したとまでみることはできず、同原告が同人に証券取引についての代理権を与えていたということはできないから本抗弁は理由がない。

(二)  被告の抗弁2に対する判断

被告は本抗弁において、原告西田等から寄託をうけた日本鋼管株式会社株式七五〇株の株券は、昭和三六年七月二四日に中川正三に返還したと主張し、成立に争いのない乙第五二号証には右株券を同人に引き渡した趣旨と思われる記載があるけれども、同号証は、被告側における一方的な主張を記載したにすぎないものであって、これをもって右事実認定の資料とすることはできず、他に右事実を認めるに足る証拠はないから、他の点を判断するまでもなく本抗弁は失当である。

第二、昭和三七年(ワ)第一六六〇号事件についての判断

一、貸金の返還請求に対する判断

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、その趣旨はともあれ、別紙第一目録記載の金員のうち、同記載番号(7)、(11)、(14)、(21)、(24)および(25)の金員が同記載の日のころ同原告に交付されたことを認めることができる。

同目録記載の右以外の金員が被告から同原告に交付されたかどうかについては、証人大森敏生の証言により真正に成立したと認められる乙第五七号証の二には同目録(30)ないし(32)については個別的にその余は一括して記載され、被告が同原告にその記載金額の金員を交付したかのような記載があるけれども、同号証は、顧客勘定元帳と称しながら、その記載は具体性を欠き、一見してもきわめて杜撰なものであって、到底これのみをもって、右認定の証拠となし得ないのみならず、同号証を≪証拠省略≫と対比するとき、別紙第一目録記載番号(6)、(8)、(10)、(12)、(17)、(20)、(23)および(27)の金員は、その使用目的はともかく元来中川正三に対する立替金名義で被告から支出されていたものを、乙第五七号証の二の記帳に際し、原告西田進分として借方欄に前記のように一括して計上されたものであることが認められるのでその記載自体を信用することができない。また他の本件全立証をもってしても、右金員が被告から原告西田進に交付されたことを認めることはできない。

さらに、別紙第一目録記載番号(1)ないし(5)、(9)、(13)、(15)、(16)、(18)、(19)、(22)、(26)、(28)および(29)の金員については、前示乙第五四号証の一ないし三、同第五五号証の一ないし一九、同第五六号証の一ないし七に、これを原告西田進に立て替えて支払った旨の記載があることが認められる。しかし、前示、≪証拠省略≫を総合すると次の事実すなわち「中川正三は、原告西田進の資金により、三田昇、西村幸子名義で株式投資をしたほかに、商品取引あるいは、右以外の数多くの他人名義による株式の買いつけを行なっていたが、これらの資金は、右の目的のため新たに同原告から交付されたものではなく、いずれも被告の同原告関係の口座から支出されたものである。」ことが認められる。証人中川正三は、右のような商品取引あるいは他人名義の株式の買いつけの結果は、いずれも原告西田進関係の勘定中に計上されていると証言するけれども、この点に関する同証人の証言は相互に矛盾に満ち、内容もきわめて不正確であって、これを信用することができず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。してみれば、被告の帳簿上原告西田進あてに立替支出が行われている旨の記帳がなされていることのみをもって、これが直ちに同原告に対して現金が交付されている証拠とはなし得ない。また他の本件全立証をもってしても、右金員の交付を認めるに足りない。

(二)  そこで次に、右交付を認められる金員が、被告と原告西田進との間の消費貸借契約にもとづいて支払われたか否かについて判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実すなわち、「原告西田進は、昭和二六年三月頃被告に対し、同原告の資金を被告において株式に投資して運用することを委託し、被告はこれを承諾した。同原告関係の被告の係員は、当時被告の松阪支店勤務の前記中川正三であったが、被告における同原告の資金運用の状況は必ずしも良好でなく、現物取引においても、信用取引においても、損金が逐次累積していたにもかかわらず、同人は、同原告に対し、前記のとおり当初はメモをもって、また昭和三四年一二月ころからは残高照合通知書用紙を用いて、右資金運用により大幅な利益をあげたとして、実際の資金運用の結果とは何ら関係のない架空の金額を報告した。そして右報告には被告による原告の右資金運用の状況を一応金額で表示し、たとえば、昭和三四年一月二〇日現在で差引現在額が金九八、五二一、八四三円一銭、また昭和三六年一月三一日現在で差引現在額が金一一六、〇三七、九一八円五六銭となる旨の記載をした。同原告は、右中川の右報告を信用し、昭和三四年六月以降、被告に対し、逐次右資金運用の結果生じた利益金の一部支払を求めるにいたった。同人は、前記報告を行なった手前、同原告の右請求を拒絶し得ず、これに応じて同原告に、前示認定の金員を支払ったが被告内部の経理上は、同原告関係の勘定では到底利益金を支払える状況にはなかったので、同原告ないし中川に対する被告の立替金として処理していた。」以上のことが認められる。右認定に反する証人大森敏生の証言の部分は、他の証拠と対比するときこれを措信することができず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

以上認定の事実によれば、原告西田進は、前記被告による同原告の資金運用の結果多額の利益を得たと信じ、右利益金の一部支払と考えて右金員の交付を請求し、被告もまたこれに応じてこれを交付したものであることが明らかである。したがって被告が主張するように、同原告に対する右金員の交付が、同原告と被告との間の消費貸借契約にもとづくものであるとはいえず、他に同原告と被告の間の消費貸借契約の成立を認めるに足る証拠はない。よって被告の本請求は理由がない。

二、株式取引損金の支払請求に対する判断

原告西田進が、昭和二六年三月ころ、被告に対し、三田潤之助、三田昇および西村幸子名義で同原告の具体的指示にしたがい、株式の現物取引および信用取引を行なうことを委託したかについて判断する。

右の点についての乙第六〇号証の一、二の成立についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実すなわち「原告西田進が、被告に対し、資金の運用を委託するに際し、被告の同原告関係の係員であった前記中川正三は、右原告の資金を多角的に株式に投資するため三田昇、西村幸子および三田潤之助の名義を用いることとした。このため、中川正三は、右名義による金員の受領等のための書類作成の必要上勝手に三田名義の印顆を作成した。右乙第六〇号証の一、二の信用取引約諾書と題する書面は、右のような三田、西村名義の書類を一応ととのえる必要上、右中川が右三田名義の印顆を使用してこれを作成したものである。一方、原告西田進は、株式取引の実情にくらく、株式の信用取引の性質についても熟知せず、前記三田、西村名義で取引が行なわれていたことおよび三田名義の印顆が作成されていたことは知ってはいたが、これが被告と同原告との間の同原告の具体的指示による株式取引委託に関する契約をするために用いられることなどは考えていなかった。」ことが認められる。右認定に反する証人中川正三の証言の部分は他の証拠と対比してこれを措信し得ず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。してみれば、右乙第六〇号証の一、二の成立はこれを認めることができず、他に同原告が、被告に対し、(資金の運用契約ではなく)同原告の具体的指示にしたがって株式の取引を行なうことを委託した事実を認めるに足る証拠はない。

よって、右事実を前提とする本請求原因は、他の点を判断するまでもなく失当であって理由がない。

第三、結論

一、昭和三七年(ワ)第八五九号事件については、同事件原告(第一、六六〇号事件被告)西田進の請求のうち、岡三証券株式会社株式二〇、〇〇〇株、同事件原告西田等の請求のうち日本鋼管株式会社株式七五〇株、同事件原告西田恭の岡三証券株式会社株式五〇〇株のそれぞれの株券の返還請求および右株券に対する強制執行が不能となったときは、その執行不能の部分につき、当事者間に争いのない、右株式の本件口頭弁論終結の時である昭和四二年九月一九日の価格である岡三証券株式会社の株式一株につき金五〇円、日本鋼管株式会社の株式一株につき金五九円の割合で算出した金員の支払を求める部分は理由があるからこれを正当として認容し、他はこれを失当として棄却する。

二、昭和三七年(ワ)第一、六六〇号事件については、同事件原告(第八五九号事件被告)の請求はいずれも失当であるからこれを棄却する。

三、訴訟費用の負担につき昭和三七年(ワ)第八五九号事件につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項但書を昭和三七年(ワ)第一、六六〇号事件につき同法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用する。

四、よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 位野木益雄 裁判官 田宮重男 裁判官 柴田保幸)

〈以下省略〉

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